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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)4118号 判決

原告 趙道子 外四名

被告 小山泰平こと康泰平

主文

被告は原告趙道子に対し、金二十万円を支払え。

原告等のその余の請求は孰れもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告等の負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り金六万円の担保を供託するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告趙道子に対し、金三十七万円を、原告趙芳子、同趙康子、同趙竹子、同朴丙順に対し各金二万円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として訴外亡山本徳二こと趙鳳道は原告朴丙順の夫、その余の原告等はいづれも右趙の嫡出子であるところ右趙は昭和二十九年五月二日午後八時頃大阪市西成区東田町三〇番地新高砂旅館前の路上で被告と金銭貸借のことで喧嘩口論の末、被告から刺身庖丁を以て、臀部を突き刺され、臀部左側から右大腿前面へ刺出する右大腿部貫通刺創を被り約二五分後に右股動脈幹の切破による出血多量のため死亡するに至つた。

当時趙鳳道は、大阪市西成区東田町二十七番地において飲食店を経営していたが、同人の死亡の結果その経営も困難な状態に陥入り、原告等一家は路頭に迷ふことになつたがこの原因はすべて前記被告の不法行為によるものであつて、趙自身はその死に瀕する重傷により被告に対し、少くとも金百万の損害賠償請求権を取得したが、原告道子は韓国人として同国民法により該権利を相続承継し、又原告道子のほか他の原告等も亦共に被告の叙上不法行為により趙鳳道からの扶養の途を絶たれ各自金十万円に相当する損害を被ることになつた。よつて被告に対し被告趙道子は右相続による趙の損害賠償請求金百万円の内金三十五万円と扶養請求権侵害による損害金の内金二万円を併せ計金三十七万円の支払を求め、その他の原告等は各自前記損害金の内金二万円宛の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、

立証として、甲第一乃至第六号証を提出し、原告朴丙順の尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。との判決を求め、答弁として原告主張事実中、原告等と趙鳳道との身分関係、及び右趙死亡の当時原告等の住所において飲食店を営んでいたこと、並に被告が原告等主張の日に趙と喧嘩口論の末、同人に原告主張の如き刺創を与へて死亡させた事実は認めるがその他のことはすべてこれを争うと述べ甲号各証の成立を認めた。

理由

原告朴丙順が亡山本徳二こと趙鳳道の妻であり、その他の原告等は原告道子を長女としていづれもその嫡出子であること、及び趙鳳道が死亡前飲食店を経営していたこと、並に被告が昭和二十九年五月二日午後八時頃大阪市西成区東田町三十番地新高砂旅館前の路上で亡趙鳳道と金銭貸借のことで口論の末、所携の刺身庖丁をもつて同人の臀部を突き刺し、右臀部外側から右大腿前面へ刺出する右大腿部貫通刺創を与へ、約二五分後に股動脈幹の切破による出血多量のため死に至らしめた事実は当事者間に争がない。

すると被告は右趙の生命侵害により同人に対して勿論その遺族たる原告等に対しても損害を賠償すべき義務があるのでまづ趙の生命侵害による損害額について考えるに、成立に争のない甲第一乃至第六号証に、原告朴丙順の尋問の結果を綜合すると、訴外趙鳳道は戦後大阪府下泉府中で石鹸や綿布の闇ブローカーを定職として金を儲けて以来、賭場に出入して家庭にいることが少く昭和二六年頃から原告現住の場所で飲食店を始めたがその売上げ金も賭博のもとでにしたりして原告等の生活を圧迫し、飲食店の経営は専らその妻の原告朴丙順においてこれを行い、その純益は一ケ月約金二万円程度のものであつたこと、右のような状態で同人が賍物故買罪に問われて昭和二十八年五月十三日から昭和三十年二月十一日まで膳所刑務所で服役中も原告等一家の生活には何の経済的影響もなかつたこと、一方被告は窃盗その他前科六犯をもち定職を有せず賭場に出入する裡昭和二七年一、二月頃趙鳳道と賭場で知り合い、交際を続けることになり趙の前記服役中は何かとその家族の面倒も見てやり、その出所後同人の求めに応じて金三万円程度を立替てやつたが、趙がこの恩義を忘れて日掛金融店から融資を受けて返済すると約束しながら折角、他店より融資を受けた金五万円を返済にあてずに又も賭金に投じて費消した事実を知り俄に激怒し、昭和二九年五月二日午後八時頃趙を原告等の飲食店に訪れ、これを難詰したところ、却て腕力の強い同人から殴打され其の場は居合せた訴外藤原某、同金本某、原告朴丙順等に制止されて物別れとなつたが、右仲裁人から趙が被告と斗争すべく出刃庖丁を探しているということを聞き、趙の仕打が余りにも人情に反し、被告を愚弄するものだと憤懣の余り、同人との斗争に備え刺身庖丁を買入れ、前記新高砂旅館前の路上に差かゝつたとき再び同人と出会し又も口論となり同人から身体を引張られようとしたので機先を制すべく、所携庖丁をもつて矢庭に趙の臀部を突き刺し、前記の如く失血多量により趙を死に至らしめたものである事実を認めることができ、右事実の認定を覆えするに足る証拠は存在しない。

以上認定の事実によれば、原告等の父であり、夫である趙鳳道が死の災厄にあつたことについては、勿論被告に責任があるとはいえ被害者自身にもこの危険を誘発した責任の一端があることを看過することができないのでこれらの事情を彼是斟酌すると趙鳳道がその死により被つた損害額は金二十万円をもつて相当と認むべきである。

ところで前記趙鳳道及び原告等が大韓民国の国籍を有する外国人であることは被告の争わぬところであるからその相続の準拠法は法例第二十五条によつて被相続人たる右趙鳳道の本国即ち大韓民国法に従うべきである。そして同国の相続がわが国の領有当時のまま旧民法の長子相続制度(家督相続)を用いていることは公知の事実であるから、原告趙道子は趙の長女として、右賠償請求権を相続により取得したものといわなければならない。

次に扶養請求権の侵害について按ずるに、亡趙鳳道がその生存中賭博に凝つて、原告一家の飲食店の経営にあづからず、経済的には同人の力に依存することがなかつたことは前認定のとおりであるから、夫婦親子の愛情がその死により故意に断たれた精神上の苦痛による損害は別として、原告等の家庭生活において、特に趙の死のために扶養が妨げられる等経済的に損失を被る虞は少しもないのであるから、この点に関する原告等の主張は採用することができない。よつて原告等の本訴請求は原告趙道子の関係において金二十万円の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉実二)

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